○普賢岳噴火
  長期災害中での記憶


石川個人の災害中の記憶を呼びおこして、
書き連ねてみます。


・降灰について

   島原のまちは、3年ほど、灰色一色のまちになりました。

   特に一年目は、週に3日は火砕流が起こり、
             昼間でも真っ暗になる事も多々ありました。

   火砕流がない日も、風が吹けば灰が舞って、
   西部劇に出てくるゴーストタウンのようでした。

   アルミサッシの窓でも完全に防げず、ガムテープなどで目張りをしました。

   商店街などでもドアのない店はシャッターをおろさないと灰が入り込むので
   しばらくはシャッターが閉まったままの状態でした。

   そのうち、ガラス戸などを取り付けて店を開けてました。

   家の雨どいに灰がたまり、雨漏りの原因にもなりました。
   灰取りの掃除作業をする必要がありました。

   市役所が「降灰袋」(ビニール袋の丈夫なヤツ)を用意して、
   公民館で自由に無料配布してましたので
   その袋に灰を詰めて、所定の場所に出しておけば
   回収してくれました。


個人的感想

   うんざりでした、、、
   
      
   週に2度は夜にテニスに行ってましたが、普賢岳噴火で降灰がひどくなってから
   テニスどころぢゃなくなって、、、
   
   あれだけ好きだったバイクも乗らなくなりました、、、

カーブミラー清掃

   当時、私が所属していた若手ボランティア団体「島原ローターアクトクラブ」で
   何かできないかと考え、
   「降灰で汚れて見えにくくなっているカーブミラーをきれいにしよう!」と
   カーブミラー清掃を始めました。

   小学校や幼稚園など小さな子供が多い所や、
   観光客など道に不慣れな方が多そうな所などを中心に行いました。

   4人のグループで5班ほどつくり、脚立とバケツと雑巾をセットで持ち、
   手分けして手作業で磨き上げました。
   (手作業ぢゃないときれいにならないのです。)

   結構、評判よかったようです。


噂について

 いろんな噂が飛び交いました。

   ・大型窃盗団が島原に入ってて、引越しのような格好で
    避難地区の家から家財道具を運んでるらしい、、、

   ・山の井戸が枯れてしまい、ガスがでているらしい、、、
    そのまわりで鳥や狸が死んでたらしい、、、

   ・本当は眉山にひびが入っていて、自衛隊は発見しているのだが
    発表するとパニックになるから黙っているらしい、、、

   (注:200年前の噴火では、眉山が崩壊して数万人の死傷者がでました。)
      「島原大変肥後迷惑」

   


ラジオ無線

  自衛隊無線の入るラジオ無線機を購入して
  情報チェックする人が多かったです。

   ・火砕流が起こると降灰がひどくなるので
     いち早く火砕流情報が欲しい!

   ・公表される情報が本当なのか知りたい!


ある夏の日

  「眉山の崩壊の危険性」の噂話を静めるためもあったのか、
  自衛隊が眉山に「光学式の傾斜計」を設置しました。

  ある日、懇意にしている防災関係の知り合いから
  「ここだけの話、傾斜計の数字がちょっとおかしいから
   島原を離れていたほうがいいかも?
   パニックになると大変なので、一般には伏せてる情報だけど」
  という電話がありました。

  その夜、両親と祖母を隣町の諫早市の親類宅へ避難させました。
  私は一人でお留守番。(笑)
  田舎の着物屋なので高価な着物在庫が多く、
  大型窃盗団の噂もありましたので、、、

  結局、何もなかったのですが、
  防災関係者、マスコミなどは一時避難していたそうで
  あとで問題になったそうな、、、


  この夜が、今の私の原点で、
  頭の中で
  「もしかしたら、明日の朝、山崩れで死んでるかもしれない、、」とか
  「でも、その時は私一人ぢゃないから、、、」とか、
  いろいろ考えました。

  そして 
  「もし明日死んだとして、自分自身、今までの人生で悔いがあるのか?」と
  自問自答するようにりました。

  これは、噴火後10年たった今でも、毎日、自問自答して生きてます。

 


マスコミについて

 正直、あまりいい印象がありません。
 (もちろんいい方もたくさんおられましたが)

 被災地の中での中継で
 避難しているお宅に無許可で上がりこみ電源を拝借していたり、

 避難所などでの撮影の際、
 無神経なふるまいが多く、
 避難している方々の精神状態に対する気配りが行き届いてなかったり、、、




 火砕流でお亡くなりになった方々のご冥福をお祈りします。

 あの日、現地では土石流の心配のみで、火砕流の心配はしていませんでした。

 マスコミ関係者でお亡くなりになった方も、もちろん、かわいそうですが、
 土石流の映像を取りたい一心でねばっていたマスコミの方に、避難を呼びかけにいって
 巻き添えで亡くなった地元消防団員は、もっとかわいそうです!
 子供が生まれたばかりだったのに、、、
 
 マスコミの方を送っていったタクシーの運転手さんなども、
 巻き添えでお亡くなりになりました。


 くりかえしますが
 火砕流でお亡くなりになったすべての方々のご冥福をお祈りします。




このページは、石川個人の記憶で書きつづっております。
現時点で、私が信じている話を本音で書いてますが、
事実関係などの、記憶違いなどもあるかもしれません。
ご了承ください。